「事故が起きた地点の地絡電流 Ig を求めるだけ」であれば、ベクトルオペレータ( a や a^2 )の難しい複素数計算は一切考えなくて大丈夫です。先ほどの演習のように、インピーダンスの足し算と割り算だけで完結します。
しかし、電験2種の2次試験において、ベクトルオペレータから完全に逃げ切ることはできません。なぜなら、問題の後半で「事故が起きていない無事な電線(健全相)の電圧はどうなったか?」を問われた瞬間に、このベクトルオペレータが絶対に必要になるからです。
導入1. ベクトルオペレータ「 a 」の正体
対称座標法では、複雑な事故を「正相・逆相・零相」の3つに分解して計算しました。地絡電流 Ig を求めるまでは、この3つの仮想世界の中だけで計算が完結するため、角度のズレを気にする必要がありませんでした。
しかし、計算した結果を「現実の a相、b相、c相の電圧・電流」に戻す作業(逆変換)が発生したとき、問題が起きます。
基準となる a相に対して、b相は120度遅れ、c相は120度進んだ位置にあります。仮想世界から現実世界に戻す際、この「120度の角度のズレ」を正確に復元して足し合わせなければなりません。
この「時計の針を120度回す魔法のスイッチ」こそが、ベクトルオペレータ a の正体です。
$$a = -\frac{1}{2} + j\frac{\sqrt{3}}{2}$$
導入2. 健全相(b相、c相)の電圧を求める公式
たとえば、1線地絡事故(a相が地絡したとします)が起きたときの、無事な b相の電圧 Vb と、c相の電圧 Vc を求める公式は、ベクトルオペレータを使って以下のように表されます。
$$V_b = V_0 + a^2 V_1 + a V_2$$
$$V_c = V_0 + a V_1 + a^2 V_2$$
※ V0、V1、V2 は、それぞれ零相、正相、逆相の電圧降下分です。
※ a^2 は「240度回す(または120度遅らせる)」という意味になります。
この計算には、a に含まれる虚数単位( j )の掛け算や足し算が大量に発生します。これが、多くの受験生が「対称座標法は計算が難しすぎる」とトラウマになってしまう最大の原因です。
1. ベクトルオペレータ「 a 」の3つの基本ルール
対称座標法では、仮想的な「正相・逆相・零相」の世界から、現実の「a相・b相・c相」の世界へ数値を戻す(逆変換する)必要があります。三相交流は互いに120度ずつ角度(位相)がズレているため、数値を戻すときにもこの「120度の回転」を数式で表現しなければなりません。
この「反時計回りに120度回転させる」という役割を持つのが、ベクトルオペレータ a です。複素数で表すと以下のようになります。
$$a = -\frac{1}{2} + j\frac{\sqrt{3}}{2}$$
これを2回掛けると「240度回転(または時計回りに120度回転)」となり、a^2 と表されます。
$$a^2 = -\frac{1}{2} – j\frac{\sqrt{3}}{2}$$
実際の試験で計算をスムーズに進めるために、絶対に覚えておくべき魔法のルールが1つあります。それは「3つ足すとゼロになる」という性質です。
$$1 + a + a^2 = 0$$
この性質を使うと、複雑な式を一気にシンプルにできる場面が多々あるため、必ず頭の片隅に置いておきましょう。
2. 健全相(b相、c相)の電圧を求める公式
a相で1線地絡事故が起きたとします。このとき、地絡したa相の電圧 Va は大地と同じ 0V になりますが、無事なb相(Vb)とc相(Vc)の電圧は、地絡の影響を受けて平常時よりも跳ね上がります。
この Vb と Vc は、事故点から見た零相電圧 V0、正相電圧 V1、逆相電圧 V2 を使って、以下の対称分逆変換の公式で求められます。
$$V_b = V_0 + a^2 V_1 + a V_2$$
$$V_c = V_0 + a V_1 + a^2 V_2$$
3. 計算ミスを防ぐ!実践的な解答ステップ
上記の公式に a と a^2 の複素数をそのまま代入して計算しようとすると、あまりの項の多さにほぼ確実に計算ミスを起こします。2次試験の限られた時間の中で正解にたどり着くためには、以下のステップで計算を整理するのが鉄則です。
ステップ1:V0、V1、V2 をそれぞれ計算しておく
まずは、仮想回路ごとの電圧降下を個別に計算しておきます。前回の記事で求めた零相電流 I0 (正相・逆相電流もこれと同じ大きさです)と、それぞれのインピーダンスを使って、各相の電圧を算出します。
ステップ2:実部と虚部で分けて代入する
公式にいきなり V0、V1、V2 を入れるのではなく、a と a^2 の中身( -1/2 と j√3/2 )を展開してから代入する形を作ります。実は、これをあらかじめ整理しておくと、非常にスッキリした公式に生まれ変わります。
Vb を実部(jがつかない部分)と虚部(jがつく部分)に分けると、こうなります。
$$V_b = V_0 – \frac{1}{2}(V_1 + V_2) – j\frac{\sqrt{3}}{2}(V_1 – V_2)$$
Vc の場合は、虚部の符号がプラスに変わるだけです。
$$V_c = V_0 – \frac{1}{2}(V_1 + V_2) + j\frac{\sqrt{3}}{2}(V_1 – V_2)$$
試験本番では、元の a と a^2 が入った式を書いた後、いきなりこの形に展開してしまって構いません。あとは括弧の中に V1 と V2 の数値を足し引きして入れるだけなので、計算ミスが激減します。
ステップ3:最後に絶対値(大きさ)を求める
問題で「健全相の電圧の大きさを求めよ」と聞かれている場合は、最後に実部と虚部をそれぞれ2乗して足し、ルートを被せます(三平方の定理)。
$$|V_b| = \sqrt{ (\text{実部})^2 + (\text{虚部})^2 }$$

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